毎晩のように僕がお世話になっているそこそこお気に入りのフィリピンのビールは、日本円で100円するかしないかの「サン・ミゲル」という銘柄だ。その 「サン・ミゲル」と同じ名前の日本人町が かつてマニラのディラオDilaw地区にあったらしいことを最近になって知った。
かつてとはどれくらい前かというと、調べたところによるとそれは16世紀後半。イエズス会の日本でのキリスト教の布教が開始されてからわずか数十年後に豊臣秀吉のキリスト教弾圧が始まり、その時期、キリスト教に改宗した多くの侍が迫害を逃れこの土地にやって来たのであるらしい。 その数は16世紀後半でおよそ500人あまりに及んだ。
当時「ニッポニーズ」と呼ばれていた日本人町に「サン・ミゲル」という名前がつけられたのは、彼の地に移住してきた日本人の多くが、商人でも農民でもない武士たちで、キリスト教の守護聖人の中で彼らに人気があったのが戦闘の剣を手にする大天使聖ミカエル、つまり「サン・ミゲル」であったからだという。 (ついでに付け加えておくと、あのジャンヌ・ダルクに啓示を与えたと言われているのも大天使聖ミカエルである)。
現在のフィリピンのマニラを歩いていて目につく日本人旅行者の集まる日本料理屋やカラオケバー、風俗店、観光地は言うに及ばず、70年前の第二次世界大戦の歴史、さらには18世紀後半から19世紀前半の戦前日系人社会の歴史を、イメージの翼をひろげて大きく飛び越え、スペイン植民地時代のこの土地でスペイン語を話す日本の侍たちの数奇な人生に想いを馳せ「サン・ミゲル」をあおりつつマニラの夜を一人過ごしている。
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